2009年7月21日火曜日

北澤京子『患者のための医療情報収集ガイド』は画期的


 北澤京子『患者のための医療情報収集ガイド』(ちくま新書,2009,210p.)は,これまでの医療情報ガイドブックとは一線を画す,全く新しい観点に立っている。

 全体は7章構成であるが,具体的な情報源の紹介は第2章だけで20ページほどである。これまでのガイドなら,大部分が,情報源の紹介となることだろう。図書館員なら本やウェブサイトを中心として,患者図書館などに拡がるだろうし,患者が書くなら,闘病記や患者団体の紹介があるだろうと予想される。

 医療の場合,患者が医学論文を読むことをどのように考えるかという問題がある。しかし,この本の著者は何のためらいもなく,その壁を超えてしまう。患者が,医学論文を探し,読むことは当然のことなのである。それよりも,そうした医学論文をどう評価するかのほうが問題なのである。そこで,「根拠に基づく医療」の説明が始まる。

 医学にはパブメド(PubMed)という,巨大だが使いやすい本文の入手も容易な進化したデータベースがある。これは,誰でも使うことができる。患者も使うのが当然である。

 著者は,日経BP社の『日経メディカル』編集委員であるが,最近,ロンドン大学大学院で公衆衛生学を専攻し修士号を得ている。

 自分に合った治療法を自分で見つけるために徹底的に情報収集するという人々は,今は僅かかもしれないが,これから徐々に増えていくに違いない。そうした患者のための本である。

2009年3月15日日曜日

日本の紀要掲載論文は入手しやすい

 これまで,雑誌に掲載された文献を入手する場合,まず,大学のOPACを雑誌名で検索し,所蔵があるものは,直接に書架に行って,該当文献をコピーしていた。このコピーの作業は,これまで自分で行ってきたし,誰かに頼むつもりもないが,時間のかかることだえるのは間違いない。

 また,OPACになければ,webcatで所蔵館を探して,コピーの依頼をした。

 洋雑誌では,電子ジャーナルが多くなり,pdfファイルの入手が多くなった。また,コピーの依頼もオンラインで出来るようになった。

 和雑誌の場合は,pdfの入手は無理であり,これまで通りの方法をとっていた。ところが,図書館で他の図書館へのコピー依頼を頼むと,ウェブで入手できると教えられることが多くなった。

 そこで,今では,文献リストを作ると,直ぐに論題をグーグルで探すようになった。

 情報メディアに関する文献を国立国会図書館の『雑誌記事索引』データベースで検索し,そこから20件を選んだ。それらの検索結果の文献の論題をグーグルで探してみると,11件についてpdfファイルが手に入った。これには驚いた。

 同じテーマでweb of scienceで探し,検索結果20件について,調べてみると,5件は無料で入手でき,3件は,1件当たり25ドルから50ドルを支払えばpdfファイルが入手できる。さらに,大学にいれば13件のpdfファイルをダウンロードできる。

 日本の人文社会学分野の多くの紀要が電子化されて,CiNiiや機関レポジトリ,あるいはセルフアーカイブで提供されているようである。

 きちんとした調査をしなければ全体像はわからないが,商業出版社のおかげで,アクセス制限が厳しく,また複雑化する洋雑誌掲載論文に比べ,日本の紀要掲載文献は,かなりたやすく無料で入手できるようになってしまっていることは,あまり認識されていない事実である。

 様々な意味で皮肉なことである。

2008年4月11日金曜日

学術論文に著作権は認められないのか

 これまで,小説も科学論文も等しく著作物として著作権法で保護を受けると思いこんでいたが,名和小太郎氏の『巨人の肩の上に』(情報管理.Vol.51No.1,p.74-76(2008)を読んで愕然とした。

 名和氏によれば,1979年から2005年までの大阪地裁,京都地裁,大阪高裁でなされた学術論文についての四つの訴訟で,


著作権法によって保護されるのは,思想又は感情の創作的な表現であり,思想(注:法則など)でもアイデア(注:発明など)でも事実(注:発見など)でもない。したがって,……,学術研究の成果そのものは,著作権法による保護の対象にはならない


あるいは,


自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した……発明等は,万人にとって共通した真理であり,何人に対してもその自由な利用が許されるべきであるから,著作権法に定める著作者人格権,著作財産権の保護の対象にはなり得ない

という判断が出されているとのことである。さらには表現としての創作性も「一般の文芸作品とは異なり,その性質上,その表現形式において,個性に乏しく普遍性のあるものが多い」と認められていない。つまり,日本の法廷で学術論文の著作権を主張するのはなかなか難しそうなのである。

 ここでは,日本の「著作権法」やベルヌ条約は,ニュートンの「巨人の肩の上に」,または丸山眞男が言う「まさに先人の業績の継承と批判の上に次の業績が重なるという形での累積的な発展がおよそ学問の本質を形成」しているという認識をが持っていないという指摘になる。

 学術的著作物は著作権を有すると考えるが,「著作権法」では,学術論文の著作権が認められない可能性が高いということであれば,これは大騒ぎだろう。

2008年1月29日火曜日

雑誌のウェブ提供

 学術雑誌と呼ばれる特別な性格を持つ専門雑誌では電子化が進んでおり,「電子ジャーナル」と呼ばれている。利用面でも電子ジャーナルが主流となっており,「電子ジャーナルの論文以外は読まない」という研究者も多い。

 こうした電子ジャーナルは,有料のものと無料のものがあり,有料の電子ジャーナルは,大学では大学図書館が出版社などと契約し,キャンパス内で大学に所属するメンバーのみが閲覧できる形が中心である。

 しかし,最近は,有料の電子ジャーナル出版社では,掲載論文をクレジット決済でダウンロードさせてよむことが出来るようにする仕組みを取り入れるところが増えてきた。例えば,ある論文を読んでいて,その論文の引用論文を読みたくなり,電子ジャーナルがあることはわかっても,大学では契約していないのでその論文を読むことができなかった場合,その記事に付いている決済機能を使い,個人情報とクレジットデータを入力すると,すぐにダウンロードができる。

 この機能は国内の雑誌ではみかけたことはないが,海外のこれまで使った例では,1論文の価格は10ドルから25ドルだった。もちろん,今ではいろいろな手段で,その論文のコピーを入手することが可能となっている。しかし,早くても数日はかかるし,少なからぬ労力を費やさなければならない。欲しい時に直ぐ手にはいるのは魅力的である。

 電子ジャーナルの主流はpdfファイルであり,論文のpdfファイルをダウンロードすることになる。これは,iTuneで曲を購入し,mp3ファイルをダウンロードするのと似ている。小額決済という点でも同じである。

 さて,米国のジニオ社(Zinio Systems)は,一般雑誌をデジタル配信している。ここでは,雑誌の一号を購入し,ダウンロードできる。同社の特別な閲覧ソフトを使ってパソコン上で読むことができる。

 一般雑誌も号単位ではなく記事単位でオンラインでの購入,ダウンロードができないものかと思う。例えば文藝春秋のスポーツ専門誌『ナンバー』誌のラグビー関連の記事だけ読みたい,同社『オール讀物』に年に数回載る杉本章子の「信太郎人情始末帖」を読みたいといった要望がある。

 これに応えるには,毎号をデジタル化し,目次をもとに分割し,さらに決済できるようにしなければならず,かなり手間がかかる。ニーズを掘り起こし,こうしたサービスの存在が知られる前に,コストがかかり過ぎて頓挫してしまうだろう。

 ジニオ社は,Cosmopolitan,BusinessWeek,Macworldなどを号単位で提供している。大きなディスプレイがあれば,ジニオの閲覧ソフトでかなり快適に読むことができる。ジニオ社は少し前までは上り調子だったが,最近は,提供されるタイトルが減っているようにみえる。また,ジニオ社と提携した日本の雑誌サイトは,購読申込が主体であって号単位の提供には熱心ではない。

 電子書籍は,ぱっとしないままであるが,一般雑誌のウェブ提供の将来にも閉塞感を感じずにはいられない。

2008年1月11日金曜日

図書館の名前

 文教協会が毎年刊行している大学のディレクトリ『全国大学一覧』には、各大学の図書館名が掲載されている。

 今から約25年前の昭和56年版では,国立大学の図書館名は全て「附属図書館」であり,私立大学も「附属図書館」か「図書館」がほとんどで,慶應義塾大学の「研究・教育情報センター」と金沢工業大学の「ライブラリーセンター」が特異だった。

 国立大学は国立大学法人となって,図書館の名にも変化が出てきた。平成19年度版では,「情報メディアセンター」(岩手大学),「総合情報メディアセンター」(群馬大学),「学術情報研究センター」(奈良教育大学)といった例があり,87大学のうち,5大学は単に「図書館」としている。「附属」という言葉によほど抵抗があったのだろう。
 公立大学63大学のうち,「附属図書館」,「図書館」以外は19大学で,「図書情報センター」(首都大学東京,滋賀県立大学,長崎県立大学),をはじめ,「図書館・情報センター」(都留文科大学),「図書・情報センター」(石川県立大学),「附属総合情報センター」(札幌医科大学),「附属学術情報センター」(福島県立医科大学),「学術情報総合センター」(大阪市立大学),「学術情報センター」(大阪府立大学),「学術情報センター」(県立広島大学)がある。

 私立大学488館のうち図書館がつかないのは53館であり,「情報センター」を含んでいる名称は25大学,「メディアセンター等は17大学,「図書情報」を含んでいる名称を持つのは6大学,その他は(ライブラリーセンターなど)は5大学である。

 全体として,図書館の名称に多様化が進んでいるように見える。図書館の制度は,輸入されたものであり,福澤諭吉は,「西洋諸国の都府には文庫あり『ビブリオテーキ』と言ふ」(西洋事情(1866))と紹介した。明治時代には「書籍館」などの名称があったものの,以後,「図書館」が定着した。

 「図書館」を使うのをやめた大学は,「メディアの多様化」,「これからは情報」などということを考えた結果なのかもしれないが,「図書館」という名を嫌う教員がいたのが直接の原因であることが多い。

 『ニューズウィーク』誌の2007年の世界の大学ランキングの上位20大学を調べてみたが,図書館は全て「library」であり,「information center」はないし,ましてや「media center」はない。米国では「media center」は,初等中等教育機関の図書館のことである。

 文部科学省は,最近,「学術情報基盤」という言葉を好んでいる。『大学図書館実態調査』という統計を『学術情報基盤実態調査』と名称変更した。その意をいち早く汲んで図書館を「学術情報基盤センター」とする国立大学法人が現れそうな気配である。いかにも政策用語のにおいが強くて,十年も保たないような気がするが・・。