名和氏によれば,1979年から2005年までの大阪地裁,京都地裁,大阪高裁でなされた学術論文についての四つの訴訟で,
- 著作権法によって保護されるのは,思想又は感情の創作的な表現であり,思想(注:法則など)でもアイデア(注:発明など)でも事実(注:発見など)でもない。したがって,……,学術研究の成果そのものは,著作権法による保護の対象にはならない
あるいは,
- 自然科学上の法則やその発見及び右法則を利用した……発明等は,万人にとって共通した真理であり,何人に対してもその自由な利用が許されるべきであるから,著作権法に定める著作者人格権,著作財産権の保護の対象にはなり得ない
という判断が出されているとのことである。さらには表現としての創作性も「一般の文芸作品とは異なり,その性質上,その表現形式において,個性に乏しく普遍性のあるものが多い」と認められていない。つまり,日本の法廷で学術論文の著作権を主張するのはなかなか難しそうなのである。
ここでは,日本の「著作権法」やベルヌ条約は,ニュートンの「巨人の肩の上に」,または丸山眞男が言う「まさに先人の業績の継承と批判の上に次の業績が重なるという形での累積的な発展がおよそ学問の本質を形成」しているという認識をが持っていないという指摘になる。
学術的著作物は著作権を有すると考えるが,「著作権法」では,学術論文の著作権が認められない可能性が高いということであれば,これは大騒ぎだろう。
0 コメント:
コメントを投稿